こんにちは。いつのまにか梅雨があけて、うだるような暑さにまいってしまいそうです。
5月29日におこなわれました、「芸術表象論特講」4回目のレクチャーについて少し報告したいと思います。
今回のゲストは、北澤憲昭先生(本学教授)でした。
北澤先生は2008年から女子美術大学の所属となりました。その前は跡見女子大学に所属して、学部と大学院の美術史の授業を担当していました。
跡見におられるとき、芸大や多摩美で非常勤として教壇に立った経験から、美大で教えたいという思いを抱くようになったそうです。念願かなって女子美の勤務となったわけです。
レクチャーの内容は、物書きの日常についてでした。北澤先生の本職は著述業で、その業績が認められて大学で教えるようになったということです。具体的には、現代美術と日本美術史についての著書が多いのですが、絵画そのものや作家その人というよりは、美術というジャンルが歴史的にどうやって形成されてきたのかということに関心を抱いているそうです。
北澤先生は、1週間のうち3日間が大学でのお仕事です。
それでは、残りの4日間は何をしているのでしょうか。
4日間のうち1日は、跡見女子大学へ出校されます。あとの3日は、主に執筆活動や講演会などにあてられます。わずかな時間での執筆活動。昨年、2冊の書籍を出版され、今年も出版予定の書籍があるなかで、校正刷りのままの状態の本が、そのほかにもいくつかあるそうです。また、2012年に刊行が始まった『日本美術全集』(小学館)の「前衛とモダン(明治時代後期~大正時代)」(第17巻、2014年配本予定)を担当されているため、その図版の選定などの仕事も抱えているとか。
物書きの仕事は、決して楽ではありません。一日中、机に向かっているのですから、不健康です。画家や彫刻家の仕事は身体活動が中心ですが、もの書きは、どれほど長時間、机に向かっていられるかが勝負だということで、北澤先生は、たとえば朝の8時に仕事をはじめて、気づいたら18時だったということもあるそうです。
このようなたとえ話をしてくださいました。探偵小説家志望の青年が、ある大作家を訪ねます。作家は青年を机の前に座らせ、そのまま出かけてしまいました。青年は、いわれるままに作家が帰ってくるのを待って、そこに座り続けていました。夜中になって帰って来た作家はそれをみて、青年の入門を許したそうです。これは、もの書きになるには、どれほど長いあいだ机に向かっていられるかが勝負であるということを表したお話です。座っていることが苦であっては、もの書きだけでなく、調査をすることも出来ないでしょう(調査は資料を机の上に置いて何時間もにらめっこしたりしますので)。
それと、プロになるとはどういうことかを教えてくださいました。
好きで描く(書く)、描きたい(書きたい)、表現したい、作りたいという欲求だけではアマチュアにすぎません。それを実現出来る技術があり、今の状況に対して、歴史に対して、時代に対して自分に何が出来るのか、それを考えてモチベーションを汲み上げるのがプロ。ただし、自分がやりたいことと、やるべきことを分離させてはいけません。自分がやりたいことは、ひとつとは限らないし、いくつかのやりたいことがあるはずです。それとやるべきことが重なるところに自分の仕事を方向づければいいのです。それがプロであり、そういう意識を持たなければ作家とは言えない・・・・と、アドバイスをしてくださいました。
北澤先生の日常を垣間見ることが出来た学生たち。将来を考えるひとつの指針になったのではないでしょうか。
最近の著書
『近代美術の名作150(BT BOOKS)』美術出版社、2012年
『反覆する岡本太郎 あるいは「絵画のテロル」』水声社、2012年
『ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」』
フィルムアート社、2013年 (共著)
『美術のポリティクスー「工芸」の成り立ちを焦点として』
ゆまに学芸選書ULULA9、2013年(7月25日刊行予定)
それでは。
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