こんにちは。夜になると街が色鮮やかな電飾で飾り付けられて、にぎやかです。
11月26日におこなわれました、「芸術表象論特講」22回目のレクチャーについて少し報告したいと思います。
今回のゲストは、美術史家の太田智己さんでした。
太田さんは、「美術全集の歴史」というタイトルでお話してくださいました。
図書館などで見かける「美術全集」ですが、日本で最初に出版されたのは、1927年から1930年にかけて刊行された平凡社の『世界美術全集』(全36巻)でした。それまでの美術史書が500~1000部の売り上げに対して、この『世界美術全集』は12万5000部という驚異的な数字を打ち出しました。
そもそも『世界美術全集』は、当時大流行した「円本」の一種でした。「円本」とは、1冊1円で発売された全集などで、1926年に改造社が刊行した『現代日本文学全集』が始まりとされています。価格だけではなく、新聞への大規模な宣伝広告などもあり、多くの人々が購入しました。
配本の方法も戦略的にとられていたと言います。『世界美術全集』の巻数は、古い年代順に設定されています。しかし、配本になるとその巻数順ではなく、読者受けがしそうな巻から配本されていました。つまり、第1回配本に第17巻「ルネサンスと東山時代」、第2回配本に第7巻「ビザンチン・印度グプタ朝・唐時代・新羅統一時代・白鳳時代」といったように、ばらばらでした。実はこの手法は現在でも使われています。
『世界美術全集』の読者ターゲットは「家庭」でした。宣伝広告にもやたらと「家庭」の文字がでてきます。家庭で『世界美術全集』を揃えて持つ、ということは、当時一般には持つことのできない「家宝」を所有することと等しいことでした。子や孫の代までこの全集を「家宝」として引き継がせてゆく・・・。『世界美術全集』は、当然美術作品の写真が掲載されています。写真は印刷物であり、今ではそんなに珍しくありませんが、当時は美術作品を見るということは、なかなか出来ないことでした。なぜなら、今のように多くの美術館が存在しておらず、そうした機会がなかったためです。全集を持つことは「家庭」で美術館を持つことが出来るという「家庭美術館構想」というのもひとつのコンセプトでありました。全集を買うことで、家庭の教養や趣味がレベルアップする。そうしたことは、一部のエリート家庭でしか育むことができなかったのですが、これが一般家庭でも出来るようになる。そして置いておく、つまり中身を見なくても、持っていることで見かけだけでもそう見える、ということもありました。
この『世界美術全集』における「家庭美術館構想」の美術の社会普及は、これ以後の美術全集における定型フォーマットとなりました。
1960年代から1980年代になると、美術全集ブームが起こりました。この時期は高度経済成長にあたり、一般家庭で電化製品をそろえ、人々の暮らしにもゆとりが出始めていました。そんなとき、美術館の建設ラッシュもあり、美術に関心が集まりました。
小学館から刊行された『原色日本の美術』(1966~72年)は全集の金字塔と呼ばれている全集なんだそうです。シリーズの展開をおこなうことでアップデートしていき、1990年には50万部に達しました。そして最初の『世界美術全集』が持っていたコンセプト「家庭美術館構想」を引き継ぐものでもありました。その後、学研から刊行された『日本美術全集』(1977~80年)も「家庭美術館構想」を引き継いでおり、専用の本棚がセット販売されたそうです。
美術全集による美術の社会普及を見てきましたが、それ以外にもあると太田さんはお話してくださいました。
まずは、ラジオによる美術番組です。現在ではテレビやインターネットがあるのが当たりまえですが、以前は各家庭にラジオがあり、これが大切な情報源のひとつでありました。ラジオ放送は1925年に開始。様々な番組がある中で、美術の番組も存在していたそうです。番組としては、美術作品に関する解説など美術に関する事柄が研究者や作家によって語られていたそうです。しかし、音の情報だけでは不十分なため、補助教材としてテキストも販売されていました。
美術全集は購入しないといけませんが、ラジオは偶発的にアクセスできるため、たまたま聞いたことで興味を持つことがあるなどの利点がありました。現在ではテレビが普及し、ラジオでは出来なかった視覚情報を伝えることが可能となりました。
もうひとつは、サブカルチャーです。例えば、大衆小説(円山応挙を題材にした「応挙の幽霊」)、講談(演者が主に歴史にちなんだ読み物を観衆に対して読み上げる伝統芸能)、ラジオドラマ、児童書(作家の一生を描いたもの。『狩野芳崖』とか)があります。現在は小説や漫画の題材としても見受けられます。
美術全集は1990年代から2000年代になると、家庭では購入できない価格となりました。それに、「家族」自体が変化しているため、家宝を持つというモデルが崩壊しました。その代わり、やさしくてすぐにわかる解説で、薄い書籍類が出回るようになりました。
テレビによる美術番組も、テレビ離れやネットの普及によって、かつてのような状態ではなくなっています。美術館や博物館による展覧会も苦境に立たされています。なのでこれからはサブカルチャーによる美術普及が良いのではないかと、太田さんはおっしゃしました。
図書館などで見た「美術全集」に、このような深い歴史があることは、とても驚きました。美術の歴史でも、少し違った見方が出来たのではないかと思います。
太田さんの情報はここで見れます。
それでは。
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