2013年10月2日水曜日

芸術表象論特講#11


こんにちは。寒くなってきたので、そろそろ衣替えかな・・・とか思う日々です。
9月25日におこなわれました、「芸術表象論特講」11回目のレクチャーについて少し報告したいと思います。
今回のゲストは、アーティストであり非建築科のヴィヴィアン佐藤さんでした。



花柄のワンピース姿で登場したヴィヴィアンさん。頭には巨大なカツラをつけていました。

ドラァグクイーンとして、様々なお仕事をされているそうです。

パーティーでは、おいしいお酒や食べ物があるだけでは飽きてしまいます。そうした所で、引っかき回して人と人をつなげることをする。例えば、倦怠期のカップルや夫婦の食事会に呼ばれ、男性・女性のどちらにつく事なく話を聞く。間にワンクッション置くことで流れがスムーズになり、その場が暖まる。そのクッション的な部分、何者でもない、そうした存在が社会でも必要であり、ヴィヴィアンさんやドラァグクイーンの方々が求められることがあるそうです。

しかし、ヴィヴィアンさんは始めから、ドラァグクイーンになりたくて活動していたわけではないそうです。やっているうちに、他の人から「ドラァグクイーンなのではないか」と指摘されたとおっしゃっていました。

活動の幅が広いヴィヴィアンさん。映画などのメディアにも多数出演されているそうです。「釣りバカ日誌13」では、ハマちゃん(浜崎伝助)が宿泊した旅館の従業員として出演(ホタルイカサンバというのを踊ったとか)。20~30分ほどのシーンに対して、2週間も現場に缶詰にされたエピソードを話してくださいました。ここでも、場を和らげる存在として呼ばれていたそうです。

ヴィヴィアンさんは、建築学科の出身でもあります。ヴィヴィアンさんの中では、建築と建物は別として考えているそうです。建物は、学校の校舎や森ビルのようなもの。建築は建物も入るが、哲学とか考え方といったことを含めている。だから、建築を表現するには、踊りでもいいし、インスタレーションでもいい。ヴィヴィアンさんの頭の上にある大きなカツラは、「頭上建築」と呼んでおり、頭という限られたスペースでどうやったら建つかということをしているそうです。なので、カツラは普通、レントゲンを撮影すると何も写りませんが、ヴィヴィアンさんのカツラには構造物がありそこに装飾物があるので、影は写るし重くもなる。ペンだこならぬ「カツラだこ」が出来るそうです。首もいためてしまうほどと、おっしゃっていたので、はたしてどのくらいの重さなのでしょうか・・・。

カツラは、ヴィヴィアンさん曰く「あたしよりもあたしらしい」ものだとおっしゃっていました。カツラを使った展覧会の様子の写真なども見せてくださいました。カツラの展示では、いかに彫刻にならずに見せるか。ヴィヴィアンさんがそこには実際いないけど、まるでいるような、そういった展示にしたともおっしゃっていました。

また、所有しているカツラを壁にびっしりとかけてみた展示もおこなったそうです。そのカツラを組み合わせて、機織りをしてみたそうですが、カツラがカラフルなので、織られていたものも非常にカラフルになり、両端からは織りきれない羽などが出ていて、普通の織物とはまた違ったものになっていました。

実はこのレクチャーの準備のために、ヴィヴィアンさんは授業開始よりも早くから学校へ来ていました。お化粧に40分くらいかかるそうです。この化粧をするということは、顔の上に塗るのだから”別の人になる”ということが、よく考えられます。しかし、ヴィヴィアンさんは、お化粧をすればするほど、裸になっていくと言います。それは表面的なことではなく、内面を変えていく、頭の中が変わっていく時間であると。そして、裸に近づいて、皮膚が完全に裏返しになり、それを通り越して本来の自分に戻るのではないかと言うのです。手を動かすと脳が発達していくと言われていますが、お化粧をするためには手を動かします。この手を動かすというのは、何かを宿らすという事でもあるのではないか。儀式的な事ではないかとおっしゃっていました。

仙台出身のヴィヴィアンさん。東日本大震災がおき、そのために多くのイヴェンとが中止になったことがありました。そんなときも、自分にできることは「女装」することだとし、12日から活動を再開していたそうです。非常時にこそアートが必要であり、そこで役に立たなくてはアートの意味はないとおっしゃっていました。

他にも、活動の写真や卒業制作、アイデアノートも見せていただきました。最後の方では、杉田先生との対話を交えながら、また学生からの質問にも答えていただきました。



一見奇抜に見える格好は、それそのものがアートであり、信念を持って活動されている姿は唇のグロスよりも輝いていました。ドラァグクイーンのこと、建築のこと、そこにある哲学的な思考・・・。多くの要素を含みながらのレクチャーは、少なくともアートに関わっている学生たちにとって、一歩を踏み出す原動力へとつながっていったのではないでしょうか。


ヴィヴィアン佐藤さんのofficial blog

それでは。

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