2014年1月16日木曜日

芸術表象論特講#17

あけましておめでとうございます。本年も、よろしくお願い申し上げます。
1月8日におこなわれました、「芸術表象論特講」17回目のレクチャーについて少し報告したいと思います。
今回のゲストは、アーティストの福士朋子先生でした。


福士先生は、女子美で学んだ後、東京芸術大学大学院へ進学。修士号を取得後にペンシルヴァニア・アカデミー・オブ・ザ・ファインアーツ大学にて修士号を取得。帰国し東京芸術大学大学院にて博士号を取得されました。現在女子美の洋画専攻で教鞭をとっています。

福士先生は、ホワイトボードに油性マジックで描くスタイルで、マンガのコマ割りや言葉を用いた作品を制作しています。しかし、この作風はここ78年くらいのことだそうで、20年の間に作風は何度か変わっているそうです。学生の頃は、スタイルを早く確立して世の中に出なくてはと焦っていたとおっしゃっていました。

日本で学んだ後、アメリカの大学へ進学したときに、大きなショックを受けたそうです。それまでは作品を見せれば何か反応があると思っていたし、そういう美術の教育を受けてきていた。今は講評会で作品のプレゼンをしなくてはならないけれど、福士先生が学生の頃は、作品を並べて先生方がそれを見て、自分からは何も言えないまま先生からの言葉を聞くという状態だったそうです。
しかしアメリカへ行ったら、自分の作品が目の前になくても、自分の作品のことについて話さなくはならない。いきなり言葉で作品を説明しなければならないことになった、とガラッと状況が変わったそうです。

それだけではなく、自分が学んできたことことの多くが西洋の影響を受けていると感じたり、オリジナリティとは一体何なのかということも、突きつけられたそうです。
アメリカの大学では授業にディスカッションがあり、自分がどのような意図で作品を制作しているのかということを言葉にしなくてはならなかったり、学部生でも必ず論文を書く指導を受けているので、言葉がわからないために理解できないことも多かった2年間だったと言います。しかし、周囲の人たちに手伝ってもらいながらも論文をなんとか書き上げたそうです。

帰国の後、芸大大学院の時の先生に会い、博士課程でもう一度論文を書かないかと勧められたそうです。アメリカで受けてきた勉強が何か形にならないか、博士課程に進学することで何か掴めるのではないか、そういう時間を得られるのであればということで30歳を過ぎてから、日本で再び学生になりました。

福士先生の作品について、執筆された博士論文(「境域をうつす絵画:《絵画–マンガ》往還による多視点・意識・身体の考察」)に依りながら、お話していただきました。

美術界で最初にマンガをアート作品に取り入れたのは、ロイ・リキテンシュタインと言われています。論文では、本当にリキテンシュタインが最初なのかを疑うところから始まっているそうです。リキテンシュタインの作品をはじめ、マンガ的な要素を取り入れたように見える作品の多くはマンガのある一コマを拡大するなどしており、マンガの表面的なイメージを取り入れているだけなのではないか。もしかしたら、マンガの文法や構造そのものを取り入れている作品はないのではないか、と論じ、しかし文法や構造を絵画に取り入れるのは難しいだろうと、結論づけていたそうです。
論文を執筆した頃はそういうことを考えていたそうですが、その後、コマ割りの手法を取り入れて作品を制作するようになったそうです。

そもそも「マンガ」とは、「1, 単純化、誇張化した絵、2, 連続した絵(コマ)で、セリフ、言葉と共に表現した物語」と定義付けられており、普段かなり曖昧に使われていることがわかります。
絵画とマンガは何が違うのか。絵画は、ぱっと見て一枚で理解出来るようになっている「現示性」であり、マンガは「現示性」と「線条性」の組み合わせ、コマで繋がっており絵を見て言葉を読んで時間の流れを体験するメディアだそうです。(呉智英『現代マンガの全体像』(情報センター出版局、1986年、現在は双葉社より文庫化されています。)より。)

福士先生は、もともとマンガ家になりたかったそうですが、高校を卒業するまでにデビュー出来なかったら諦めることにしていたそうです。大学では絵画を勉強しようとリセットしたかたちで進学しました。しかし、デビュー出来なかったからとはいえ、今まで通りマンガを読み、描くことをしてしまう・・・。実際に1995年から「Faxマンガ」と名付けて、マンガを執筆しては、親しい知人にFaxで送っていたそうです。マンガとは別に、メディアとしてのFaxに興味があり、Faxギャラリーなどが出来ないかとも考えていたそうです。下書きもしないで定規も使わない20コマのマンガだったそうです。

ただ、絵画の個展をおこなっている時はマンガを描いていることは隠し、絵画とマンガを同じ空間で見せることはなかったそうです。

そこに福士先生自身にとって何か大事な問題が潜んでいるのでは、と指摘されたのが、女子美の芸術表象専攻の杉田先生でした。

そして杉田先生のオルタナティヴアートスペースart & riverbankでの、絵画作品とマンガ作品を並列して展示をした「近くの現象学」という実験的な個展につながりました。その頃は、博士論文を執筆したばかりでもあったそうです。この展示を終えてから、まだマンガの構造を作品に取り入れることは難しいと思っていたため、現在の作風に近づくにはそれから3年ほどかかったそうです。

マンガの構造を取り入れた、ホワイトボートに描く作品は、これまで取り扱ってきたギャラリーでの発表は難しいと考え、どこに持って行ったらいいのか・・・・と悩んでいたときに、スパイラルの公募展「SICF12」に出品し、グランプリを獲得します。その直後のスパイラルショーケースでの個展でも、絵画として見てもらえるか疑問だったそうです。また、マグネットを使用したため、お客さんが勝手に触ってしまい、「触らないでください」と掲示しても勝手に触られてしまったそうです。マグネットは「矢」の形をしていたので、大人でもダーツのように投げ、子供はマグネットシートをはがして遊ぼうとしていたようですが、そこから、作品を見ることと触ることを考えると面白いと思い、今でも考え続けているテーマでもあるとのことです。


福士先生の作品は、言葉から考えて組み立てていく作品が多いそうです。これからは、言葉と美術や絵画との関係について考えて制作していきたいと思っているそうです。

後半は、北澤先生とのトークや、学生からの質問にも答えていただきました。



なぜなのか、これでいいのかと疑問に思いながら制作してゆくことは、簡単なようで難しいことです。そして良いものはそう簡単には出てこないものです。学生たちは、模索していくことの重要さを気づかされたのではないでしょうか。


福士先生の作品はこちらから見ることができます。「ラッキーちゃん」のマンガも見れます。

2013年の『美術手帖』に収録されている「ART NAVI」6~9月号の表紙を担当されていました。バンクナンバーをぜひ見てみてください。


それでは。

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